大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和38年(ネ)1379号 判決

控訴人(被告)

金子秀子こと

金順吉

代理人

戸田謙

他三名

被控訴人(原告)

小野田スミ

代理人

丸山一夫

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は、控訴人の負担とする。

事実

控訴人訴訟代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟の総費用は、被控訴人の負担とする」。との判決を被控訴人訴訟代理人は、控訴棄却の判決を各求めた。

当事者双方の事実上の主張および証拠は、以下のとおり補足するほかは、原判決の事実摘示と同一であるから、これをここに引用する。

控訴人訴訟代理人は、当審において、つぎのとおり述べた。

「<前略>……(三)被控訴人の主張する賃料の催告および契約解除の郵便は、控訴人が警察署に勾留されている間に控訴人の住所に配達されたのである(原判決六枚目裏七行目から九行目まで)。もつとも控訴人は、その間接見禁止の処分を受けていたわけではないが、留守宅には未成年の子供があるに過ぎず、被控訴人の申し入れに対し控訴人が事実上何らの対策を講ずることができなかつたところ、被控訴人は控訴人が被控訴人の指定する期日まで支払う見込みがない予想のもとに前述の郵便を出したのである。かくして被控訴人は、控訴人を本件家屋から追い出すことを企てて前述の措置に出たものであり、このことを前提として起した本件明け渡しの請求は、権利の濫用である。」

被控訴人訴訟代理人は、つぎのとおり述べた。「被控訴人がその主張の頃に警察署に勾留されていたことを認める。しかし控訴人訴訟代理人によるその余の当審における主張事実を否認する。」

<証拠関係省略>

理由

一被控訴人が控訴人に対し原判決書添付の別紙目録表示の建物を、おそくとも昭和二五年一〇月以降から、賃料を昭和三二年一月以降の分を一ケ月四千円の定めで賃貸していたことは、当事者間に争いがない。そうして、<証拠>によれば、被控訴人は、昭和三四年五月二一日付の控訴人にあてた内容証明郵便をもつて、昭和三二年一〇月分から昭和三四年四月分までの賃料を同年五月二七日までに支払うよう、若しみぎ期日までに支払わないときは、賃貸借契約を解除する旨の催告および停止条件付契約解除の意思表示を発し、みぎ書面は、同月二二日に控訴人の肩書住居に配達されたことが認められる(この書面による意思表示が郵便の配達と同時にその効力を生じたか否かの点については、なお、後出の説明に譲る。)。

二ところで控訴人は、昭和三二年一〇月分から昭和三三年一〇月分までの約定賃料および同年一一月分のうち金一、五〇〇円を当時支払済みであつた旨抗弁する(この点に関する当審における陳述についての前出事実摘示によれば、昭和三二年八月分および同年一二月分の各賃料のうちへ各金三、五〇〇円を支払つた旨主張するが、その各残金五〇〇円の小計金一、〇〇〇円を支払つたか否か主張が不明であり、同年九月分から一一月分までと一二月分のうちの金三、五〇〇円を支払つた旨主張するが、算数上その小計金一五、五〇〇円であるべきところを金二万円支払つたとなし、また昭和三三年一月分から同年七月分までと、八月分のうち金一、五〇〇円を支払つた旨を主張するが、算数上その小計金二九、五〇〇円であるべきところを金三万円支払つたとなし、主張自体不可解なものを含むが、この点を暫く措く。)。控訴人のこの点についての主張を採用することがでさないとする原裁判所の説示(原審の判決書一〇枚目表七行目から一一枚目表三行まで)については、当裁判所の考えるところと全く一致するから、以下に補足するほか、その記載をここに引用する。すなわち、<証拠>中の第六月分以降の欄に押捺されてある印影と、その余の個所に顕出されてある被控訴人が成立を争わない印影とが同一でないことは、控訴人もこれを争わないところ、前者の印影を含めて、その各欄の記載の真正に成立したことを認めるに足る証証がない。また、控訴人が当審において新たに主張する昭和三三年一一月分のうち金一、五〇〇円の支払いがなされたとの点についても、<証拠>によつては、これを支持するに由なく、昭和三三年一〇月分までの賃料は支払ずみである旨の当審における控訴人尋問の結果も、当裁判所は、これを信用することができない。なお、<証拠>によれば、控訴人は、昭和三二年四月一〇日、同年六月五日、同年七月三〇日、昭和三三年三月二四日、同年同月二七日の五回に計金二万八千円を被控訴人の取引ある銀行預金口座に振り込んで支払つたことが明らかであるけれども、これら七ケ月分の賃料に相当する金額の支払いが控訴人の主張する期間の賃料に充当されたとの点については、これを肯認するに足る証拠がなく、かえつて、<証拠>によれば、いずれも昭和三二年九月分以前の賃料として支払われたことが認められる。そうして、他に控訴人の弁済の抗弁を認めしめるに足る証拠がない。

さらに控訴人は、昭和三三年一一月分以降の賃料については、控訴人の主張する建物修理代金の反対債権と相殺する旨の合意が成立したと主張する。<証拠>によれば、控訴人が係争家屋に関して若干の修理を施したことを認めることができるけれどもも、当審における控訴人本人尋問の結果中の控訴人の主張するような相殺の合意が成立したかのような供述部分は、当被判所の信用できないものであり、他にこの点の主張を肯認させる証拠がない。

三さて控訴人は、本判決理由の一に判示した内容証明郵便による被控訴人のなした賃料支払の催告および停止条件付契約解除の意思表示の効力の発生の有無に関して、控訴人が昭和三四年五月一〇日から四三日間にわたり渋谷警察署内において勾留処分されていたため、当時前判示の郵便物を受領していなかつたから、催告等は、その効力を生じていない旨を主張する。控訴人がその頃勾留処分を受けて、一時在宅しなかつたことは、被控訴人もこれを争わない。しかし、被控訴人が前示の催告等を控訴人の住所である肩書地にあてて発送したのは、やむを得ないところであり、右催告等の内容証明郵便が前示の通り控訴人の肩書住居に配達された以上控訴人が前示のような一身上の理由により郵便物の配送の当時直ちにその内容を了知することができなかつたとしても、催告等が到達しなかつたと見ることができない。ところで被控訴人は、昭和三四年五月二二日に控訴人に到達した催告等によりその後五日を徒過した同年同月二七日限り契約解除の効力が発生したと主張する。しかし、原審における被控訴人本人尋問の結果(第一、二回)によれば、当時既に被控訴人は、控訴人が勾留処分中であることを知つていたことが窺われる。控訴人が勾留処分に際し、あわせて接見禁止を受けていたわけでないことは、控訴人の自認するところであるけれどもも、控訴人が勾留処分中にもかかわらず、被控訴人の催告にかかる履行の準備をし、かつ、これを履行することは、殆んど不能というに等しいことは、被控訴人もこれを察知していたものと思われる。してみれば、被控訴人がなした催告は、催告としてその効力を生じたものとみるべきであるが、催告に付した五日の期間がそのまま有効に進行すると解することは、上来判示した本件の場合にあつては、信義則に照らして相当でない。よつて、その五日の期間は、控訴人が勾留処分を終つた旨自認する昭和三四年六月二二日(控訴人の主張によれば同年五月一〇日から四三日間勾留されたという。)から進行するものと解することが相当である。しかるに、控訴人の主張する債務消滅の抗弁の理由のないことは、前判示のとおりであり、また控訴人が勾留処分を解かれた後に債務の履行をしたことは、その主張しないところである。してみれば、本件賃貸借は、昭和三四年六月二二日から五日を経過した同年同月二六日限り終了したものと認められる。

四最後に、控訴人の主張する留置権の抗弁について当裁判所の考えるところは、原判決の判示するところ(原判決書一三枚目裏五行目から一五枚目表七行目まで)と同一であるから、その記載をここに引用する。

五なお、控訴人は、被控訴人の本訴請求を目して権利の濫用であると主張するけれども、被控訴人の控訴人に対する催告および契約解除の意思表示の効力について前出三に判示したように理解できる限り、この契約解除に基く本訴請求は固より正当な権利の行使というべく、控訴人の反論は、理由がない。

六以上に説明したところによつて、他の争点について判断するまでもなく、控訴人は、被控訴人に対し賃貸借の終了を原因として係争建物を明け渡す義務があるとともに、昭和三二年一〇月一日から本件賃貸借契約が解除によつて終了した昭和三四年六月二六日までは約定の一ケ月金四、〇〇〇円の割合による賃料を、またその翌日から明け渡しの済むまでみぎ同額の割合による賃料相当損害金を支払う義務がある、してみれば、被控訴人の控訴人に対する本訴請求は、理由があり、これを認容しかつ仮執行宣言を付した原判決は、理由において、前判示とやや異なるものを含むけれども、結局相当であるから、控訴人の本件控訴を理由のないものとし、民事訴訟法第三八四条、第九五条、第八九条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。(裁判長判事岸上康夫 判事中西彦二郎 室伏壮一郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例